記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

闘病日記 2016 5 17

こんにちは。

愛みうの、音楽に癒されてる。

今、聴いてるのは、愛する湖。

ボーっとする。

今日は、このまま、ゆっくりしよう。

お身体に、気を付けて、お過ごし下さい🌸
スポンサーサイト

コメント

野の花と五月の風(無償の愛)

野に咲く花は美しいけれど、
「ほら、見てごらん」とは言いません。
五月の風はさわやかですが、
「そら、感謝しろ」とも言いません。

真昼の陽光は全てを育みますが、
降る雨は全てを養いますが、
与える側はただ与えるだけ、
もらう側もただもらうだけ。

ミツバチは花の蜜を吸い、
花粉をせっせと集めていますが、
花を受粉させてやるのだとか、
来年の生きる糧のためだなどとは思いません。

花はただあるがままに咲き、
ミツバチもただ思うままに生き、
太陽はただ照らすだけ、
雨もまたただ降り注ぐだけ。

野に咲く花が美しく、
ミツバチ達が微笑ましいのなら、
もしも宇宙の造物主が、
全てをあるがまま愛しているのなら……

人間の欲や喜怒哀楽、
憎しみや悲哀や絶望や罪までも、
全て含めてただあるがままに、
愛しているのが神であるはずです。

アッシジの聖者、フランチェスコ。
彼を描いた映画「ブラザー・サン、シスター・ムーン」で、
「私も神の創造物――」と歌われるように、
人もまた神の創造物なのですから……

ナザレのイエスが言いました。
「私は世を裁くために来たのではない。
 正しい人のために来たのではない。
 罪ある人を招いて救うために来たのである。」

キリスト教では原罪ばかりを主張しますが、
ナザレのイエスその人は、
人間が生まれながらに罪ある者だなどとは、
ただの一度も言いませんでした。

それどころか気高い人の子は言ったのです。

「子供のように天の国を受け入れる人々こそが、
 神の懐に抱かれて、
 子供のように自らを低くする者が、
 天の国では最も高き者とされるのだ」と。

不倫の女に石を投げるどころか、
言葉を尽くして救った人が、
娼婦であったマグダラのマリアを愛した人が、
どうして人を罪深いなどと言うでしょう?

Re: おはようございます🌸

コメント、本当に、ありがとうございます😊🌸✨

深い、お話ですね。

こんなに、深い、お話をして頂いて、ありがとうございます😌🌸✨

お身体に、気を付けて、お過ごし下さい🌸

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。